こうた女性の会について

こうた女性の会は、終戦後間もない厳しい社会情勢の中で、昭和23年幸田村と豊坂村がそれぞれの会長を立てて自主団体として発足しました。その後、昭和29年に幸田町と豊坂村が合併して1つの団体になりました。平成8年には婦人会から女性の会と名を改め今に至っています。婦人会が立ち上がった昭和30年頃には、体力をつけるために栄養バランスを如何によくするか考え、県と共同で栄養改善を行い、厚生大臣の表彰を受けています。また、この頃、会員でお金を積み立て、それをグループの会員が順番に借りてお勝手の窓を付けたり、コンロや流し台を買う生活改善をして、中部9県から優良生活改善グループとして表彰を受けています。今も続いている貸衣装は、昭和27年、当時の町長さんが生活改善の一つとして結婚式の簡素化のためにと購入資金を出してくださり、名古屋の松坂屋で振袖5枚、留袖3枚を購入して始まりました。当時は、家での結婚式だったので、大変喜ばれたようです。昭和40年代に入ると、婦人会の脱会者が出始めたために、昭和44年にお好みコース(手芸・編み物・お茶・お花・書道等)を作り、脱退希望者の足を止めさらに魅力ある婦人会へと活動の幅を広げていきました。また、婦人会で農繁期に託児所を開いてもいたようです。
婦人会創設期の先輩方から脈々と受け継がれてきたこうた女性の会は、お互いが手を結び合い、よりよい生活をめざそうと改善を繰り返し、必死で取り組んできて今に至っています。先人の偉業に敬意を示し、今後、こうた女性の会は皆で手を携え、自分たちの生活をより豊かなものにできる女性の会をめざし邁進していきたいと思います。